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輸血

千島学説を唱えた故 千島喜久男 博士は、輸血は以下のような副作用があると、その害について以前から説かれていました(参考 「血液の健康の知恵」)。

〇 溶血現象
現在の輸血は血液型(ABO式)とRH型(+ or -)に基づき行いますが、血液とは本来他の臓器と同じように個々人に特徴的な型を持つため、それを他人に入れると拒絶反応を示すことがあります。
そのため輸血をすると溶血が起こり、時には後2~3時間、乃至は2~3日間で死亡することがあります。

手術中に出血多量で死ぬ、あるいは事故等のために救急で運ばれて出血多量で死ぬのは、もしかしたら輸血した血液が適合せずに溶血して死んでいるのかもしれません。

〇 血清肝炎
輸血による肝炎は、肝炎ウイルスを含む血液を輸血することにより起こると考えられいます。しかし他人の血液そのものが自己にとっては毒であり、そのため排毒器官である肝臓に輸血した血液が集まって炎症を起こし、肝炎となることがあります。

また輸血された血液には免疫抑制作用があるため、癌手術の際輸血をすると、再発率が激増します。安達洋祐 著「エビデンスで知るがんと死亡のリスク」によると、輸血されたがん患者は再発や死亡頻度が1.6~1.8倍も高いそうです。
また、南カリフォルニア大学報告書によると、喉頭癌の再発率は、輸血を受けなかった人が14%、受けた人は65%と、受けた人の再発率が圧倒的に高くなっています(参考 :船瀬俊介 著「わが身に危険が迫ってもこれだけは伝えたい日本の真相!」)

以上の事実を鑑みると、輸血は本当に害があることが分かります。
では何故輸血が行われているかと言うと、献血・輸血は非常に大きな産業(マーケット)であり、営利目的のために行われているのです。

実際、手術において輸血が必要な手術と言うのはほとんどなく(現在想定されている以上に出血しても人はし死なない)、例え大量出血で輸血がどうしても必要な時は生理食塩水やリンゲル液で代用可能ですし、あるいは食塩水を飲用するだけでも問題ありません。
世界的著明な外科医D.クーリーは、無輸血で2万件以上の外科手術を行っています。特にドイツの良心的な医師たちは、無輸血治療に移行しつつあります。

私は趣味をかね献血を行っていますが、これらの事実に改めて接すると、これからはやるべきではないように思います。
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by d_mitsuda | 2013-02-18 21:04 | 健康

横浜

昨日は、横浜国際フォーラムの手伝いに、JICA横浜まで行ってきました。国際フォーラムでは様々な国際協力に関する催し物がありますが、青年海外協力隊の応募相談も行われ、私は協力体のOBとして相談役として参加しました。

相談はJICAの職員の方と一緒に丸テーブルで受けたのですが、相談会の合間にその職員の方と横浜市政について話し、横浜が国際交流において段々と活動が活発化していると言うお話しを伺いました。
例えば赤レンガ倉庫前で行われるアフリカンフェスティバルもそうですし、昨年はAPEC横浜フォーラムが開催されたりもしました。そのお陰で横浜市内のホテル稼働率も8割を超えるなど、経済効果は大きかったと聞きます。
これらは多くの個人、団体の協力によってなされた成果だとは思いますが、トップである林市長の功績もやはり大きいものと思っています。

国際協力ではないですが、市長の業績の中でも一際目をひくのが待機児童0(今年の4月1日から)。多くの自治体が対処に困り、また歴代の横浜市長もなしえなかったことを林市長は就任3年目で成し遂げたのは驚嘆のほかありません。
市長就任時1000人以上いた待機児童を0にした秘訣(施策)は以下の5つです。

① 保育コンシェジュジェの設置
親御さんの要望と保育施設のマッチングを行う係りです。

② 家庭保育の普及
子供が大好きな方のご家庭で子供を預かってもらう。もちろんこの家庭(住居)は、横浜市の認可を受けた保育施設となります。

③ 幼稚園に協力してもらう
横浜市内の40%以上の幼稚園が、午後の時間帯も子供の預かりに協力してくれるようになりました。

④ 鉄道会社の協力
線路下に保育施設を創設。

⑤ 企業、大学の協力
日産等の企業や、横浜国立大学内に保育所を設置してもらいました。

このように、林市長が旗振り役となり様々な協力を得て、待機児童が0となりました。
この模様はマスメディアにも取り上げられ、同様な施策を試みる地方自治体も出てきたそうです。

待機児童0にしても国際交流にしても、横浜の今後の展開を、私も一横浜市民として楽しみにしています。
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by d_mitsuda | 2013-02-11 20:47

旧友

先日届けられた月刊誌 「医道の日本」を読んでいたら、中学校時代の友人が載っていました。さいたま柔整専門学校の理事長・校長をしていて、整形外科専門医として頚椎症について寄稿していました。

彼とは中学1年、3年の時に同じクラスで、1年生の時は放課後彼の家に行ってよく遊んでいたと記憶しています。また2年生の時はクラスは違ったと思いますが、彼のお父様が経営する接骨院の2Fの空部屋で、別の友人を入れ3人で、近所に住む大学生に勉強を教えてもらっていたりもしました。
余談ですが、私は小学校から中学校2年途中まで勉強が苦手で、成績もよくありませんでした。しかし上記の大学生に勉強を教えてもらってから授業がわかるようになり、段々と勉強が好きになり、成績も上がっていきました。

何にしましてもかつての友人が、医学雑誌に載るほど立派な人物になったのは嬉しいことです。
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by d_mitsuda | 2013-02-05 21:49


木の香治療院 院長日記


by d_mitsuda

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